青くてごめんね

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休職した事務職員の随想録 疑問、違和感、そして苦痛へ

ずっと疑問があった。仕事内容に対して。付随して、この仕事をする社会人という生き方にも疑問があった。

埋まらない理想と現実は次第に大きな違和感となった。そう、単に「仕事が辛い、よし休もう」という思い付きではない。むしろ思い付きで休めるくらい行動力があればフットワーク軽くどこへでも行けるんじゃないかなと思う。

違和感を抱えながら貴重な20代前半の平日を仕事に捧げ続けた。来る日もメールを返信し、電話に出て、マニュアルと口頭伝承を恙無く実行するのみだった。それはもちろん私でなくてもできる役割であり、人事異動で単に席に穴が空いたから嵌め込まれただけである。意思や感情ではなく、規定と前例が絶対。

やりがいや達成感は無かった。いや、膨大な時間を注ぎ込んで目的を達成した時の感情を、そうした肯定的な言葉に当てはめようとする情動が一ミリも働かなかった、と記すのが近いかもしれない。

人によっては、同じ仕事をしても全く違う心的状態になるかもしれない。”数千人規模にほぼ直接関係している仕事と毎日向き合っている。自分はこんな仕事を任されて、なんとか期待に応えられている。なんてダイナミックなんだ。これぞ社会人の醍醐味。残業なんて全然苦じゃない。電話で、メールで頼られるのが嬉しい!”

 

でも私はそうならなかった。

 

もちろん、「そうなる」努力、つまり今の仕事を楽しむ/今の仕事がある生活に順応する努力はした。

・就活の時に、第一志望(現在の職場)へ抱いていた憧れに立ち返り、客観的に仕事を見つめ直す。「過去の自分にとって理想の状態にいる」と言い聞かせる。

・モチベーション維持のために小さな目標を立てる。ゲームのように仕事をこなしてみる。「これは至極リアルなお仕事体験シミュレーションなんだ」と。このエクセルを1時間以内に完成させればクリア。メールは10分以内に組み立てる。等。

・仕事はこういうものだと、あえて現実を見る。つまらないからこそ仕事。所詮手先だけ、口先だけ動かせばいい仕事だ。それでマンマ食ってけるし、世間体も維持できるんなら十分じゃないかと。

・仕事に楽しみを求めず、趣味を充実させる。「仕事のための人生」と思うから辛い。「趣味のための人生、それを存続させるための仕事だ」と軸足を調整する。

むしろ、一番の強敵―「仕事がつらい」という感情を監視しどうにか解消させようとしていたのは、自分自身の超自我であったようにも思う。(※この文中では、超自我≒”内面化した、多分に歪んだ側面のある社会規範”という意で使用しています)

仕事がつらい?そんなの一時の気のゆらぎだ。皆働いてる。ちゃんと社会人やってる。何不自由なく大学まで卒業して、希望の会社で働けて、何文句言ってるんだ。仕事してお金もらってるんだから、そりゃ楽しいことばかりじゃないかもしれないけど。でも、もし今逃げたらどうするんだ?親に、親族に、友人に合わせる顔が無いだろ?必死こいて就活した時間だってパアになる。

常に今、今の自分の苦しみは脇に置かなければいけなかった。

 

「そうなる」努力は、結果的に全て失敗した。

就活の時の憧れは、「狭き門を突破し、〇〇社で働いていること」という枠組み自体への憧れで、

自身にとってなんの益にもならない事務仕事という仕事内容には向けられていなかった。

小さな目標は、達成しても達成しても永久に降ってきた。40年間、平日8時間〜14時間やり続けるゲームなんてない。とっくに狂人になるだろう。

誰にでも、私じゃなくてもできる、そのように判断する経緯に一切自身が関与していない規定・マニュアルを振りかざし、発言に責任を持たなければならない状況は、

自己肯定感を明らかに摩耗させていった。「今打っているメール文に、一切自分自身の感情・考えが反映されていない」という認知、その馬鹿馬鹿しさは、自分の人生の無価値さを遠回しに訴求されているようだった。

帰宅後の趣味を楽しもうにも、繁忙期が到来し9時〜10時帰宅が続くと、時間が全く確保できなくなった。眼前には、職場のディスプレイとマニュアルだけが映るようになり、「一体、何のための人生だろうか」という虚しい言葉が何百回、何千回と心にこだました。