青くてごめんね

書きたいことをね、自由に書きます

死にたい

シンプルに、毎日1度は思い至る。

このまま、目下のところ40年間、
平日5日8時間半を最低限仕事に捧げ、
食べて、寝て、たった2日の休日に癒しを求める

容姿のコンプレックスを抱えたまま、
最悪最低な住環境で泣く泣く過ごしながら、
(転居すればいいが、もう、納得いく家に住める自信がない)
誤魔化しながら、生きていくのだ

頑張って生きてきたし、比較的恵まれた人生であったようだ、客観的には

でも、やっぱり、生きる理由が無い
日々のちょっとした苦しさ、思い通りにならないこと
それらの苦痛で簡単に死、を望んでしまう
それらの苦痛で、快楽はすべて覆い尽くされる


些細な苦しみからも逃れられないなら、この歪んだ思考回路から逃れられないなら死にたい
死にたい。


宗教にどハマりすればいいのか?? こんな何も信じられない奴を陶酔させるような宗教があるならオススメしてほしい


もう、疲れた。楽しいこともあり、大切な人もいるけど、疲れた。
毎日こう思う。

食べたパンレポ(〜202101)

昨日約三ヶ月ぶりにブログを更新するにあたり、

グーグルフォトの画像を眺めていて、それはもう9割がた食べ物なのである

全てを列挙するにはあまりに膨大なので、慣習的にパンに絞って取り上げていこうと思う。

ブログの中には、日々食べたものの写真を分量とともに紹介するような記事もあり、尊敬の念を抱くばかりである。

 

 

 

 

薄皮クリームパン レアチーズクリーム&ブルーベリージャム

 

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レアチとブルーベリージャムがあの薄皮生地に包まれてるなんてどう考えても美味しいやろ、とドンキで一目惚れした商品。

食したのは数ヶ月前であるが、その合成物感を今でもよく覚えている。クリーム、ジャム、と言うよりはゲルと称したほうがしっくりくる。口に入るもの=美味しい というレベルの貧乏舌でも、正直リピートはなかった。

 

 

 

ぶどうくるみぱん

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一ヶ月に一回はパン売り場で目につく、藁半紙のような素朴な風合いのパッケージでお馴染みのこちら。中学生時代、数少ない友達に一口分けてもらって、案外美味しかった記憶とともに心くすぐられる。 30%オフだったので記念に購入。

思いつきでトーストしてみた。

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めっっちゃ、うまい!!!!?!

これは正直2020年トーストで化けるで賞トップ3に食い込む完成度であった。本当にここまで昇華されるとは、期待すらしていなかったのでまさに衝撃であった。

表面は軽やかな食感、蒸気を蓄えた生地のふわっと、心地よい歯ざわりと言ったら。そして果実として品よくかつ堂々と甘酸っぱさを主張するレーズンとのバランスと言ったら。街のパン屋の名物商品として売り出されていても遜色ない。というか売り出してほしい。

往年の名品がトーストで新境地。是非試してみてほしい。

 

 

もち麦のミルクボール

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定評のあるローソンの糖質オフシリーズ。確か午後の眠気が気になりだして、糖質を控えたかったのだと思われる

持ったとき軽かったのでまあ妥当に食べごたえ無いんだろうなと思っていたが、

いや〜〜〜流石はローソンさん、このミルククリームのこってり感半端ないです。(筆者はブランパンの素朴さも大好きなのだが、)モソっとしたふすまを彷彿とさせる生地(でもやはり比較的素のブランパンより甘みがある気がした)に、期待を上回る量と質のクリーム。

 

 

うぐいすぱん

山パンのど定番シリーズ。改めて食べたら、豆っぽさと和菓子っぽさがかなり美味しかった。餡がたくさん入っていてえらい。

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追記:同じく30%びきで購入した、ランチパック ピーナッツ (クリーム10%増量)は、想像以上に中身がたっぷりで美味しかった。 ランチパックはフレーバーによって厳密に価格が異なるので、平均価格120円のピーナッツにはなかなか手が出せないのである。

 

スタバギフト有効期限切れを嗤ってください

それはコロナのコの字も出ていない、2019年の冬頃であっただろうか。

 

 

冬コミの原稿に追われる中、知人がLINEギフトで送ってくれたスタバのドリンクチケット(500円)。

筆者は今も昔も根暗芋女であるので、日常的にスタバでティータイムを嗜む習慣などは当然無く、

そこらの安っぽいJKよりも遥かにスタバ経験値が不足しているため、

スタバに足を踏み入れることは非日常であり、それゆえギフトしてもらったチケットを使って飲むドリンクなど、「ここぞ」というタイミングで炸裂させねば不満が残るというものである

そのように無駄に構えていたもので、飲みたいという気持ちは常にありつつも、中々使い所を逃していた。

 

 

そうこうしている間に怒涛の卒論執筆期間が到来し、親不知をぶち抜かれたり、こっそり有り金全部はたいて整形したりしていた(※顔の脂肪吸引と埋没)り、

ドタバタ人生の夏休みの終わり支度をしていたら世は新型ウイルス戦国時代へ

そして私も社会の歯車へ

てなわけで、スタバのことはすっかり後回しになっていたのである。

コロナの影響で店舗自体がやってなかったりしたこともあり、スターバックス社の計らいでドリンクチケットの有効期限が延長され、

足掛け一年越しの2020年冬、期間延長手続きなるものを行い、

真の有効期限は【2021年1月末】になっていた。

 

 

 

 

なっていたのは知っていた。しかし、1月【末】がどの日にちを刻んでいるか、

明確に自身へ戒めておかなかったことが、敗因なのである。

 

 

 

 

明日こそは出社前にテイクアウト決め込んで、デスクワークの傍らカップをくゆらすゾ〜〜〜〜 と毎晩夜風に吹かれる帰路で妄想していた。

1月中旬ごろ、バレンタインシーズンを睨んだチョコづくしの新商品がお目見えし、なんという好タイミング! このために有りえないほど温存していたのだわと妙に納得していた。

スケジュール管理アプリには、「スタバギフト使う!」「スタバギフト使おう!」「スタバギフト有効期限」という内容重複しまくりのToDoタスクが隔日で設定されていた。本当に。

 

 

 

そして本日は30日土曜日

1月の有効期限がさすがに迫っているので、ただドリンクチケットを引き換えるために駅のスタバへ出発しようと思っていたその時、

非常に、しかし思い立った瞬間に妙に確実性を持った「嫌な予感」に絡め取られた。

正直、有効期限について真面目に記憶を手繰り寄せたタイミングで、他でもないその事実を手中に収めてしまった。

それは誠に遺憾であった。   しかし、もう避けることはできないのであった。

 

 

 

 

 

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28

 

 

、、、、、

今日は、、、30

 

 

、、、、、、、、、、、、

 

 

ああああああああああああんんんぇえおおおおおえっっっっっっlんん

 

 

 

 

慎重になりすぎたゆえに、時機を図りすぎたゆえに、

500円の愉楽を失ったのである

 

 

ずっとずっと楽しみにしてたのに……

 

 

100%自身の過失であるので、責める相手は自分しかいないのだが、

責めようにも諦めようにも、どちら側に立っても無駄な気がして、

それでもやはり贈ってもらったギフトが管理不足で結実しなかったことは悲しむべきことであり、

生チョコフラペチーノは食指が動くものであったし、

反省した。

 

 

ということでさきほど意気揚々と豆腐チョコケーキづくりをしたのである(脈絡なさすぎ)

思い立ったが吉日で、何にせよ行動に移すことで、

優柔不断さの犠牲になった500円のギフトを弔うために。

98日ぶりにブログを更新したのも、きっと失ったドリンクチケットの遺志に突き動かされたのかもしれない…。

リニューアル。コンビニパンエース

※2020年11月におもむろに書いたパンレポを成仏させるべく加筆修正

 

パネスト カマンベールクリームチーズパン

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モチモチ感あっぷとのこと

これ以上モチモチしたらどうなっちゃうのか、、、

→モチモチ、が柔らかさではなく「食感」つまり噛みごたえの方(相対的には硬さ)にベクトルが向いた表現であった

それにより噛むと生地の甘みがより引き立っている。相乗効果でチーズクリームの旨みをより感じる。

今まで逆に柔らかすぎた ということに気付く。優しさ、包容力はそのままに食べ応えとそれに伴う美味しさがアップした感じだ。

これは素晴らしい改良。開発者と握手したい。

1つ目を食べ終わってもまだ折り返し地点…という幸福が待っている

ちなみに2つ目のほうがあっという間だった、この食における加速度を測定できるのも有能

 

パネスト おもちミルク

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ネーミングからして、おもちのようなもちもち生地の白パンにミルククリームが入っているのだろうと思った。

しかし、「ような」などと直喩を使うまでもなく、もう餅のソレが入っていたのだ。

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パネストに期待を裏切られたことがない。弾力ある生地の中にガチな餅と比肩する餅フィリング、そしてジャージー牛のミルクを使ったクリーム。これがまた、手抜きの味ではない。菓子パンのクリームとして「濃厚」の判定を下すに吝かでないミルキー感。

 

 

 

追記:チーズキャンペーンの時に「チーズメロンパン」も食べていたが、あまり味に記憶がない。妥当な美味しさだったのであろう

 

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引っ越し戦記 No.0 現状編

こんばんは。気怠い在宅勤務を終え、諸々の家事ののち、133円/回だという湯船を沸かすかどうか真剣に考えています

実家から秋冬用の服を持ってきておらず、無防備で過ごしていたら、慢性的に体調不良のところ更に危うい感じになっています。

プラスαとしては、

今までコンスタントに上がり続けていたLINE証券の評価額が途端にマイナスへと転じていること(というのも先日勢いで4万くらいリターン重視の投信にブチ込んだからなのですが)、

メルカリの受取評価が遅いこと*1

勇み足でわざわざAmazonで予約注文した雑誌付録が、さも当然のようにメルカリで安価に売買されていること、

いよいよ20年モノの外反母趾が看過できなくなりそうであること、

惰性と無駄な矜持で続けているアークナイツに引退の二文字が脳裏を掠めるようになり、アカウント売却サイトを覗いたら、自身のそれより遥かに好条件のアカウントがたった2000円程度で売られていたこと、

等々、些末な出来事が常日頃付き纏う仕事および人生への不安に追加されており、

鬱気味になりながらもただ目の前のことに追われている状況です。

 

 

 

驚くほど魂を揺さぶられる享楽に身を委ねたい……

 

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夏の盛り、コロナ渦の残照が日本列島を覆う頃、

人生で初めて引っ越しをした。

まさに「右も左も分からない」状態であった。とりあえず身辺整理を、というのは分かったが、具体的にどのようなステップを踏めばよいかわからなかった。街角の住宅探しチェーン店は胡散臭く近寄りたくないし、かといってネットの有象無象からどうやって希望の物件を探せばよいのか。しかし、困惑している間にも期日は迫ってくるし、日々仕事はある。

家探しは非常に難航した。何に関しても拘りの強いタイプであることを自負しており、こと、初めての引っ越しであるなら失敗したくない。最低2〜4年は住むであろう居宅、毎月高い金を払ってまで借りる部屋である。 物件サイトの条件を複数パターンで調べ上げ、許容できる物件が見つかるのも極稀であった。埒が明かず、不動産屋で探してもらっても心の底から納得できる物件は見つからなかった。私の希望条件だと、どうしても金に物言わせないと叶いそうになかった。

結果、「今情報公開していいって言われた新着物件があるんですけど…」といかにも詐欺師が使いそうな枕詞とともに差し出された物件に決めた。というか、決めるしかなかった。これ以上不動産屋通いをする暇はなかった。気力もなかった。連れがえらく気に入っていたから、「この部屋、まさにたった二部屋のこの”家”で生活することになるのか」と諦念を覚えながら曇天の夏空を見やったのを覚えている。

 

 

2ヶ月ほど経った今。やっと、やっと新生活に慣れてきた。

最初の2〜3週間ほどは本当にしんどかった。

住んでみて初めて分かった、電車の音。

内見では全く気にならなかった。だが、住んだ一日目、いや数時間後に、断続的に走る列車の轟音が部屋まで響く現実を思い知らされた。

終電まで止まってくれない電車。最寄り駅を通過するものもあり、文字通り耳を塞いでも意味はなかった。

 

誇張なしで、住み始めてから1ヶ月は、朝まで熟睡できたことは一日もなかった。

 

 

「電車の騒音は大丈夫ですよね」と心配を口にしたとき、『一区画離れているので問題ないですよ、そのような苦情は一度も聴いたことがありません!』と言ってのけた店長の言葉が思い返される。

 

 

嘘つき野郎が。

 

 

 

電車の音を筆頭に、上下左右に他者が居住するわけであるから、

最近は特に上からの騒音で胃を痛めている。管理会社に相談するとすぐに上階へ電話をかけてくれたようだが、事態は収まるどころか、数時間おきにドタン、ドタンと足音と物音が響く。上階は100kg超えの巨漢しか住んでいないのか?と本気で思う。

最上階じゃないといや、アパートでもいいから最上階、という

当初の固い決意を途中で断念してしまった意志の弱さを今悔やんでも悔やみきれない。

 

 

 一ヶ月半後、慣れない環境とやまぬ音、多忙を極める仕事の中で、

今までに無い体調不良に襲われた。頭が痛い。気分が悪い。本を読んだりゲームをすることもできない。ベッドに横になっても目が回る。

無理が祟るとこうなるのだなと思った。

 

 

 

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no1,2では、家選びや物の整理について書ければと思っています。

 

 

 

 

 

*1:翌日、良い評価で取引終了。万事解決

2年前初めて「オフ会」に参加したメモ

(), 下書き保存

されたものを、せっかくなので上げようという試みです。

 

 

 

大学生だけど他者との繋がりが希薄であった当時、「若者らしい体験をしたい」と思い、某Youtuber(当ブログに似つかわしくない新語である)の「オフライン会」なるものに参加したときの、走り書きである。

例の如くしっかり認めようとしたのであろうが、二年後発掘されるあたり何か阻むものがあったのだろう

しかし今でも鮮明に思い出せるあたり、経験としては珍しいものであった。整理番号と思っていたものはただの付番で、5分前入室したら既に後方も後方

ただ一人の人間が壇上に上がり、その他大勢が異様な熱気を前方に向ける。

壇上の彼女は、動画サイトがなければその他大勢と何ら変わりのない存在であったはずである。その点で、動画サイトという機構は見えざるカリスマ性を付与している

しかし、不思議であった。あの空間であれば、なぜか0から沸点を超えて盛り上がることが許されるのである。そういう、「ここなら何をしてもよい」という暗黙ルールが周知されている

そのyoutuberは、別のソレをサプライズで招待しており、周囲は大騒ぎであったが、筆者はというと見聞きしたことすらなく盛り上がりようがなかった(※場違い)

3時間弱であったか。終演すると途端に人々は元の「他者」になり、散り散りに会場を後にしていた。

 

 

///(以下、当時のメモ)///

 

 

まあたそオフ会

 

圧倒的なリアル

ギャルだけかと思ったら若い子多め。大人の女性まで。男性も何人か

県外からいらした方半数以上。

体験って比較対象がないからこそ、惜しみなくお金を出せるよね。

一度きりのこの時間。

でもこういうステージって、スターと観客その256みたいな、その他大勢の一部で、没個性な自分を意識してしまうのだけど(コミケは別やがな笑)

オープニング動画が開幕まで流れてて、本気で笑っても大丈夫だったのはなんかいい空間だな〜と思った(流石に声裏返してひいひい言ってたら前のJK?JCに戸惑いの視線を向けられたけど)

「整理番号」で席が決まってるのかと思ったら、早い者勝ちなのね。前から。155センチのワシ、終始つま先立ち(モニターのほうがよく見えた。前のJC②が169とか言っててファってなったで

リアルは強いで…

「憧れの人」がその場にいるのも、同じあこがれの対象を持つ他者がいるのも、快感なのやろな。狭い共同体ができて。

熱狂、信仰、、、良い意味の「カルト」かな?

とにかく「熱」がありましたね。若者らしい体験をしたぞ〜。

(帰り道新宿で「SIBUYA?」と外国人観光客のカップルに聞かれてあ〜〜ん、ぅあ〜〜〜ん、と言葉にならない言葉を発し、結局近かったのでホームすぐの階段まで誘導して、「ふぉーてぃーん、、、ゆーていく…あん、、、しぶや!!」みたいに言ったらThanx!みたいに返してくれた。英語力((((滝汗

とりあえず生きる意味は無い

以前から積極的に生きる理由はなかった。

 

最近になってやっと、生きる理由   という曖昧な言葉を区切る手段をひとつだけ見つけた。稚拙に過ぎるが、生きたい という積極的意欲と、生きなければならないという消極的義務である

よく、生きる理由?そんなの無いぜ!人生は暇つぶし! みたいに悲しく片付けてしまうが、そう簡単に割り切れる質ではない

そしてようやっと、義務以外の意欲が無いことに気づいた。

これから言うことも他者の口から呆れるほど繰り返されたことだろうが、、

もちろん、散々綴っているように食や娯楽はたしかに楽しい。だが、それを上回る義務(社会的立場を守るため、自身を知る他者のため)があるため、それらの維持にかかる心的労力が多すぎる

 

金が無ければまんまは食えない。

金稼ぎマシンでいられることは幸福なのか?

 

 

私は残念ながら凡庸、それ以下に分類されるよくいる短足小デブ不細工であるために、例えばその娘の笑顔で全て吹き飛ぶ

的な世界観には生を得なかった。外面的魅力の欠如は何かで補わなければならないが、

このように卑屈で無意識の底まで劣等感が染み付いた精神は言うまでもなく、

真面目 だけ唯一取り柄として挙げたいところだが、真面目にやっても通常以下のパフォーマンスしか発揮できず、

ともかくも、職場における人間的価値ゼロなのである。   しかしこんな奴でも、やはり人並みに仕事は辛い。

今日は幸いにも金曜日、今は22:33である。これから48時間は「自由」が与えられている。

 

そのための120時間なのか?

 

正直、職場は俗に言うホワイトだろうと、『過労死しない生き方』という新書を読んで悟った。先月残業がたった30時間に達する勢いだったが、上司および周囲はやんわり無理しないでねもとい無理すると色々響くからソコントコ夜露死苦オーラがあったために、今月は大人しく働いている。残業は申請した分出るし、その点において、社畜、ではない。

 

しかし、金と引き換えに平日の約11時間を差し出すのは、しんどい。しんどいと感じる当たり、社会人一年目らしいじゃないかと微笑ましさすら覚えてゾッとする。初めて同人誌を描いた時、1日8時間描き続けて本当に苦心しながら描きあげた記憶があるが、

当然のようにそれ以上の拘束、それ以上の責任が課せられている。青く見える、隣の芝生。座席と在宅の関係で聞くに聞けない質問。盛り上がっている他の島。楽しそうに話す他部署の同期。

 

今日は死んだ目で出勤し、荒んだ心のまま退勤した。途中、意味不明な電話を受けるのは数秒であるが、悔しいことにこうした精神性のヤツには暫く染み付くのである。こちらが懇切丁寧に説明したお返しが「ちょっと意味が分からないんですが」って、大丈夫かお前の頭と性格。意味が分からない、と、人間に向けて発したことはない。コミュニケーションは意思疎通のためにある。こちらは積極的にその働きかけをしている。よってその言葉は最高の暴力である―相手の善意を否定するための。そのことにすら思慮が及んだことが1ミリも無いからこそ、無礼極まりない先の言葉となるのだろう。大した人間ではないことがその一言だけで容易く読み取れてしまう。昨日は、システム利用の方法を質問し、その返答を聞くや否や「はぁーーつまりはやりなさいってことなんですね、はいはい」と自己解決した馬鹿に時間を取られた。こうした他者の心情を汲むことが出来ない自己中心的人物の方が長生きする、という悪しき逆説を恨む。実際、こうした図太いもとい無神経な精神の持ち主のほうが生きやすいだろう

 

悪意の無い迷惑行為こそタチの悪いものは無い。筆者は新人下っ端のため、仕事で扱う郵便物処理をしており、タイミングによっては隣の部署の同ポジションの社員が気を利かせて(?)、筆者の部署の郵便物をついでに持ってきてくれる。

しかしこれが、至極面倒なのである。まず、持ってきてもらったならば、お返しとして持ってき返すつまり相手の部署の郵便物があったならば運ぶのが礼儀、というムードが醸成される。しばらくそれに従っていたが、自部署のもので正直精神的にも時間的にもギリギリなので、背負わされた申し訳なさに苛つきながら、こちらからは触れないでいた。

次に、こちらのほうが問題だが、運ばれた郵便物はもちろん筆者がひとつひとつ検め、担当に渡さなければならない。この作業も、大量の郵便物を開封し担当者を調べ担当者の元に運び封筒の処分をする、というのに30分はくだらない。しかも毎回であるからただでさえ苦痛である。

これを、この郵便物を、向こうのタイミングで、「善意で」持ってこられるのだから堪らない。「これ、お願いしますね♪」と郵便物の束を、既に他の業務資料で山積みになったデスクに置かれて「ありがとうございますっ!」と感謝の意を形だけでも歯を食いしばって示さなければならない、その苦しさと言ったら。

向こうからしたらいい事をした、と思っているのだろう。実際は真逆である。置かれた時点で無視できなくなるソレに、確実に15-30分の時間を割く必要が生じるのである。

 

お前の善意という精神的オナニーに付き合わせるんじゃねえ!!!!!!!!!!

 

と叫びたくなる。

 

 

 

生きていると理不尽だらけであるが、仕事は深く考えてはいけないことしかない。

先日は、先輩が「体調不良で在宅勤務」としていたため、最大限礼儀を尽くした上で同じように「体調不良で在宅勤務とさせていただいた」ら、

その発言は不適切なので削除してください、と言われたり、

毎朝当人の作業予定を報告する朝礼に電話対応で出られなかったら、

(普通であれば「○○さん電話対応中です」と誰かがフォローするところ、)フォローされなかったばかりか筆者の存在自体無かったことにされ、筆者が朝会不参加であることにすら誰もツッコミを入れていなかったこともあった。

 

 

白状すると、この出来事で私は「キレ」た。怒ったのではない。絶望し、ただの『駒』とすら思われていないことに気付いてしまった。

その後周囲の対応はいつもと変わらなかったが、所詮筆者はいてもいなくても正直なところどうでもいいかな〜  という程度の存在だということが、すっかり露呈してしまったのである。

 

 

涙が出そうになった。悔しくて。マスクの中で唇を噛んだ。その熱情が去ると、後に残ったのは壁であった。もう精神的な壁で持って守るしかない。

人間関係を築く最低限の起伏を心がけ、「金稼ぎマシン」になることに努めた。いや、努めている。はやくも朝起きるのがしんどくなっているが

 

 

そしてまた冒頭に戻るのである。こんな、滑稽でしかない金稼ぎマシンが多数を占める日常に何の意味があるのか。恵まれたものは特になく、守り続けたいものも特にない。

金稼ぎマシンであり続けるには、単に11時間演じれば良いという訳では無い。家に帰れば生活を紡ぐための活動、家事に勤しまなければならない。つかの間の現実逃避、そしてまた明日のための就寝。

 

何のために寝るのか疑問に思い、心を無にして起床する。

朝起きれば不細工とご対面である。醜く朝食を食べ散らし、その他大勢とともに電車に乗る。

もう、社会人になった時点で、その他大勢の運命は決まった。一生この中で暮らしていける、働きさえすれば。

 

しかし生き続けることに何のメリットがある?あくせく心を殺して働いて、たった48時間の瞬間に何をするという?その48時間のために残りを捧げなければならないのかと思うと、そんなに満ち満ちた時間にする責任すら感じる

ひとまず、毎日つらい、仕事がなくても劣等感で死にそうだったのに、素直に素朴に辛い仕事が加われば、それは辛いのは必然である

 

 

皆、何のために生きられる?生きている?本当にそう思う。燦然と輝く人生の目標を掲げ、達成せしめんとすることに全て捧げ、それされあれば平日5日間棒に振っても吝かでない、という人種は少なくとも毎日目にする人の群れの中にはひと握り程度に思われる

 

 

実は皆、自殺予備軍なのか?希死念慮に苛まれながらも、それぞれの立場を演じているのか?

 

筆者が悩みすぎる性質であるのは間違いないが、能天気人間が多数を占めるという訳でもあるまい。人はこうも似ているのに、実は全く異なる考えを持っていて、たまたま共通する部分が生活で露わになっているだけなのか?それはある意味で奇跡的であるし、不安定なその社会がよくも維持されていると感心する

 

 

 

私は、少なくとも一日に1回は死について考えるし、

基本的に自身は他者に比べ価値がないために振る舞いに留意せねばと思っている(今やそれが重荷となって、乱雑な所作となってしまっているのだが)

底知れぬ劣等感に苛まれているために、思考の隙間があればひりつく痛みに締め付けられそうになる。

 

 

特に最近、生きる希望、生き続ける活力を見い出せなくなっているから、

何もかも億劫で苦しい。死にたい、死にたい、とカジュアルに唱えながら仕事をしている。